プロスポーツが地域に根付くとは?マーケティング視点で考える本質

スポーツマネジメント

 

from 宮城哲郎

今日のテーマは、僕自身も「どう扱おうか」と迷った内容だ。

なぜなら、これまで僕が主に取り上げてきたのは、スポーツビジネスの運営やマーケティングの話。
「プロスポーツが地域に根付くとは?」というテーマは、一見すると僕の専門領域から少しズレるように思えた。

でも、ちょっと待てよ、と。

スポーツビジネスを支援することが僕の仕事なら、「スポーツを地域に根付かせること」は、まさに僕が取り組むべき課題じゃないか?
そう考えたとき、やっぱりこれは避けて通れない話題だと思った。

というわけで、今日は「プロスポーツが地域に根付くとは?」というテーマについて、僕なりの視点で深掘りしてみようと思う。

「プロスポーツが地域に根付く」の定義とは?

まず考えなければいけないのは、「プロスポーツが地域に根付く」とは、具体的に何を指すのか?という点だ。

これは人によって解釈が違う。
だからこそ、「根付いている」と言える状態をちゃんと定義しないと、議論がかみ合わなくなる。

プロスポーツが地域に根付いているかどうかを判断する指標として、よく使われるのが 「観客動員数」 だ。

でも、本当にそれだけが指標になるのだろうか?

観客動員数で測る地域密着度は正しいのか?

プロスポーツの人気を測る簡単な指標として、「試合の観客動員数」がある。
これは確かに、スポーツがどれだけ支持されているかを示す重要なデータだ。

例えば、あるデータによると、各国のプロサッカーリーグの観客動員数は以下の通り。

  • ドイツ・ブンデスリーガ:約43,000人
  • イングランド・プレミアリーグ:約36,000人
  • スペイン・ラ・リーガ:約28,000人
  • 中国スーパーリーグ:約22,000人
  • Jリーグ(J1):約19,000人

驚くべきことに、ブラジル全国選手権の観客動員数は約17,000人で、Jリーグとほぼ同じ水準だ。
「サッカー王国」として知られるブラジルが、日本と同じくらいの観客しか集められていないのは意外だろう。

これを見ても、「観客動員数=地域に根付いているかどうか」という単純な図式は成り立たないことがわかる。

競技人口の多さがスポーツの根付きに直結するのか?

次に、「競技人口の多さ」が地域に根付いているかどうかを測る指標になるかどうかを考えてみよう。

政府の統計データによると、日本国内の主要スポーツ競技人口ランキングはこんな感じだ。

  1. ウォーキング・ジョギング(約4,900万人)
  2. 筋力トレーニング(約1,500万人)
  3. ボウリング(約1,400万人)
  4. サッカー(約480万人)

なんと、サッカーはトップ3にも入っていない

「競技人口が多い=そのスポーツが地域に根付いている」と考えがちだが、それならウォーキングやボウリングが地域密着型のスポーツと言えるのか?
そんなことはないだろう。

競技人口が多くても、プロスポーツの観戦文化が根付いていなければ、結局は「ただプレーしているだけ」になってしまう。

「スポーツが根付く」とは、感情の問題である

ここで、一つの視点を提案したい。

「スポーツが地域に根付くかどうかは、観客動員数や競技人口では測れない」
じゃあ、何が本当の指標になるのか?

それは 「人々の感情」 だ。

人は「感情」でスポーツを観る

マーケティングの世界では、「人は感情で物を買い、あとで理屈をつける」と言われる。
これは、スポーツの観戦にも当てはまる。

例えば、大谷翔平が出場するメジャーリーグの試合。
普段野球に興味がない人でも、「大谷が出るなら」と朝早く起きて試合を観る。

僕の知人には、Jリーグの試合には全く興味がないのに、海外サッカーの試合だけは欠かさず観る人がいる。
理由を聞くと、「日本人選手が世界で活躍する姿を見るのが楽しい」とのことだった。

つまり、彼らは「競技そのものが好きだから観ている」のではなく、
「そのスポーツが生み出す感情」によって行動しているのだ。

プロスポーツチームが売っているのは「感情」──勝敗だけではファンは生まれない

では、プロスポーツチームは何を売っているのか?

「勝敗」ではない。

いや、もちろん勝つことは大事だ。勝利すればメディアの露出も増え、チームの価値が上がる。
でも、「勝てば人が集まる」という単純な方程式では、プロスポーツの人気は語れない。

Jリーグで最も観客動員数が多いクラブの一つである浦和レッズを例にしよう。
浦和レッズは、Jリーグ創設以来、数々のタイトルを獲得してきたが、実はリーグ優勝回数はそれほど多くない。

なのに、なぜこれほど多くのファンがいるのか?

答えは、「感情」だ。

ファンは「勝つから応援する」のではなく、「応援したいと思うから応援する」
そして、この「応援したい」と思わせる何かを持っているクラブが、人気クラブになり、地域に根付く。

「応援したい」感情を引き出す要素とは?

プロスポーツチームが人々の感情を動かすためには、いくつかの要素が必要になる。

地域の誇りとアイデンティティ
感情を揺さぶるストーリー
ファンとの密接なつながり
憧れを生み出すヒーローの存在
特別な体験を提供するスタジアム文化

これらが組み合わさることで、単なる「娯楽の一つ」ではなく、「自分の人生の一部」としてチームが存在するようになる。

1. 地域の誇りとアイデンティティ

「このチームは、俺たちのものだ」と思わせることができるか?

例えば、アメリカのNFLでは、チームが特定の都市の象徴となり、ファンはそのチームを応援することで「地元愛」を表現する。
グリーンベイ・パッカーズは、ウィスコンシン州の小さな町グリーンベイに本拠地を置くチームだが、ファンは全米に広がり、チームが町のアイデンティティになっている。

Jリーグでも、川崎フロンターレは「川崎市」という地域と密接に結びつき、地域イベントや市民活動を積極的に行っている。
「フロンターレが勝つことが、川崎の誇り」という構図ができれば、自然とチームへの愛着が生まれる。

→ 地域に根付くには、単にサッカーをやるだけではなく、”地域のストーリー”を作る必要がある。

2. 感情を揺さぶるストーリー

「応援する理由」を作るには、ストーリーが必要だ。

人はストーリーに感情移入する。
例えば、日本代表の試合を見ていて、特定の選手が海外クラブで苦労してきた話を知っていると、つい応援したくなる。

浦和レッズの「泥臭く戦う」スタイルも、多くのファンを惹きつける要因の一つだ。
かつて低迷期を経験し、そこから這い上がってきた歴史があるからこそ、ファンは「このチームは簡単には諦めない」という信念を共有できる。

→ 勝敗だけでなく、「なぜこのチームがここにいるのか?」という物語を伝え続けることが重要。

3. ファンとの密接なつながり

ファンは、ただ試合を見たいわけではない。
彼らは、「チームの一員である」と感じたい のだ。

欧州のクラブには、「ファンがクラブの株主になれる制度」がある。
ドイツのブンデスリーガでは「50+1ルール」という規則があり、クラブの過半数の株をサポーターが保有できる仕組みになっている。
これにより、ファンはただの観客ではなく、「チームを支える存在」になるのだ。

日本でも、クラブとファンの距離を縮める取り組みが増えている。
SNSの活用、ファンイベントの開催、地域活動への積極的な参加などが、ファンのロイヤルティを高めるのに役立つ。

→ ファンに「自分もこのチームの一部なんだ」と思わせる仕組みが必要。

4. 憧れを生み出すヒーローの存在

スポーツには、「スーパースターの存在」が不可欠だ。

例えば、大谷翔平の試合は、日本では野球ファン以外の人も観る。
なぜか?
「彼のプレーを見たい」という純粋な感情があるからだ。

Jリーグでは、かつてのキング・カズ(三浦知良)が「Jリーグの象徴」として長く愛された。
また、中田英寿がセリエAで活躍した頃は、彼を見たいがために欧州サッカーに関心を持つ日本人が急増した。

「憧れの選手がいる」
この要素は、チームがファンを獲得し続ける上で欠かせない。

→ チームにスターを生み出す努力が必要。単なる”強い選手”ではなく、”共感される選手”を育てることがカギ。

5. 特別な体験を提供するスタジアム文化

スポーツ観戦の魅力は、**「スタジアムでしか味わえない興奮」**にある。

日本ではまだスタジアム文化が欧米ほど発展していないが、
海外ではスタジアムそのものが「観戦の価値を高める空間」となっている。

  • ドルトムントの「黄色い壁」(ゴール裏の熱狂的な応援)
  • ボカ・ジュニアーズの「ボンボネーラ」の圧倒的な雰囲気
  • アメリカの「スポーツ×エンタメ」の融合(ハーフタイムショー、飲食体験)

→ 「スタジアムに行くこと自体が特別な体験」になれば、自然とファンは増えていく。

まとめ:「感情を売る」ことが地域密着のカギ

地域の誇りとなるストーリーを作る
ファンとチームの距離を縮める仕組みを作る
憧れのヒーローを生み出す
スタジアムでしか味わえない特別な体験を提供する

プロスポーツは、単に「試合をする場所」ではない。
地域の人々の「心の拠り所」になったとき、初めて「根付いた」と言えるのだ。

「勝てば人は来る」という発想ではなく、「人が来たくなる感情を作り出す」ことが、スポーツビジネス成功の鍵となる。

 

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