全国スポーツクラブ会議を終えて…

from 宮城亮

 

スポビジ大学の皆さん、ご無沙汰しております。

宮城亮です。

 

実は、このスポビジ大学の記事でもイベント報告として奈津子さんからレポートの報告があったのだが、今回は、「全国スポーツクラブ会議IN沖縄」の開催責任者として僕の方からも特別レポートとしてお伝えしたいと思います。

 

理由は、この会議を開催するに辺り、皆さんにもその経緯などをお伝えする事で、今後の全国スポーツクラブ会議の発展に繋がればという想いがあるからです。

 

全国各地にはたくさんの総合型地域スポーツクラブがありますが、そのクラブの皆さんがもっと情報を共有でき、そして発展出来るような環境づくりが今後も継続されることを願っています。

 

今回、この記事でお話する内容は、あくまでも沖縄での開催に向けての経緯を伝えることになるのですが、それを踏まえて、ぜひ皆さんの地域でも全国の総合型地域スポーツクラブが集まるようなイベントを開催して欲しいと思います。

 

それでは、続きをご覧ください。

 

僕が沖縄でやりたかった理由・・・

僕が、プロサッカークラブでのミッションを終え、沖縄に戻ってみると、沖縄の総合型クラブはとても疲弊していました。

 

文科省がtotoを活用し、「全国の中学校校区に一つ総合型スポーツクラブを作る!」と動き出し十数年経っていましたが、沖縄も割と早い段階で60クラブ程度が誕生していたのです。

 

僕らサンビスカス沖縄も2008年に活動を開始し、順調に設立から法人化へと向かって行ったわけですが…

 

しかし、先程、お伝えした、toto助成のおかげで全国各地のクラブ数自体は増加したものの、このtoto助成はあくまでも「助成金」です。

 

当然、助成を受ける為の「期間」がありますので、その女性期間の終わりと共に多くのクラブは衰退していきました。

 

つまり、「助成金がなくなるとクラブの活動を辞める」というクラブが多く存在したわけですね。

 

熱心なクラブ関係者の間では、幽霊クラブと言われ、全国のクラブリストには名を連ねているものの、その実態は既に無く、連絡すら取れないクラブが多くあったわけです。

 

ちなみに、ここで僕が強調したい事は、クラブが無くなった事がいけないとか、クラブを継続させている事が凄いという事ではありません。

 

むしろ、クラブ活動の継続が困難になったと判断した際、しっかりと地域の行政、クラブ内にある理事会・総会で話し合いを行い、「解散」すると決断されたクラブの立派さです。

 

なぜなら、例え組織だといっても、そこには多くの人で構成されていますから、その人達にも貴重な人生という時間があるわけですからね。

 

続けきれないのと分かっているのにも関わらず、多くの人達の時間を奪っていくのは正直、僕は違うと思います。

 

ですが、これらをしっかりと整理しなかった県は、未だになんの意味もない「中学校区に一つ」という目標に対しての達成率ばかりを気にして、実が伴う活動を整備したり支援しようとはしなかったわけです。

 

個人的に、体力的に持たなかったクラブが、何となく黙ってやり過ごしていても、誰も責めはしませんが、そんな中、次の人たちのために意思表示をされたクラブは立派だと思う。

 

そして、僕らのクラブがある沖縄県には、今だに約60クラブが「存在していること」になっている。

 

・・・が、実際に活動しているのは20弱、総合型地域スポーツクラブとしてお互いに連絡を取り合いながらやっているのは、更に少なく10クラブ程度である。

 

これは全国的にみても同じなのではと思う。※都道府県が認めるからは別として…。

 

そして、この10クラブが、60クラブ分の期待をされながら、自らのクラブの仕事に加え、それらのストレスと戦うという日々が続いていたという現状があったわけです。

 

僕は、そんな疲弊した県内クラブ連絡協議会を、もう一度元気にしたかったというわけです。

 

もちろん、それぞれのクラブのペースで頑張っているはずですから、わざわざクラブ同士でまとまって何かをする必要なんて無かったかも知れない。

 

実際に、うちのクラブでは「総合型」という事業以外にも多角的に事業展開をしていたので、正直、そこに力を入れる事は労力だったかも知れない。

 

だけど、それでも僕が総合型クラブとして、沖縄のクラブがまとまるべきだと思った理由には、そもそもの総合型スポーツクラブに可能性を感じているからである。

 

総合型地域スポーツクラブの可能性

 

「スポーツは人々の感情に訴求する」

そうした事は、別に総合型地域スポーツクラブを運営している人達ではなくても、知っているはずですが、

 

その観点から総合型地域スポーツ クラブについて考えていくと、確かにクラブ毎に、個別にマーケティングやストラテジーは必要だと思います。

 

ですが、クラブ自体の地域に対しての活動という事以上に、その【集合体市場としての総合型地域スポーツクラブの市場に大きな可能性を感じていてる】わけです。

 

よく総合型地域スポーツクラブを表現する際に言われる言葉があります。それは…。

・他種目

・多世代

・多思考

という言葉なのですが。

 

この言葉を一つず考えると、それぞれ別々の意味を持っていそうですが、実は、根本的な部分として人間的欲求を意味する事では同じことを指しています。

 

シンプルに語ると、自己実現であり帰属意識であったりがそうなのですが。正直、その部分って生きていく為に、必ずしも「必要な要素」かと言われたら多くの人達はNOと言うはずでしょう。

 

しかし、僕は思うのです。

 

人類が生きていくために必要だと言われている物には「衣・食・住」があります。

 

そして、この3つさえあれば人は生きていけるという意味では、それ以外の要素は必要がないかも知れません。

 

ですが、本当にこれだけで本当に生きていけるのでしょうか?

僕はそうは思いません。

 

この三つは、肉体的に必要なもの(身を隠すもの、体の栄養、休養)を表していると思うのですが、本当に生きているというのは心の健康があってこそだと思うからです。

 

そして、この心の栄養を支えるのが、音楽であり学習であり、そしてスポーツだと思うのです。

 

これらから派生する様々な感情があって初めて、人々の心を豊かにし、さらに健康的な体にも影響をする…。

 

つまり、どんなに人は貧しくても音楽や学びやスポーツを手放せないということなのです。

 

そして、僕が総合型地域スポーツクラブに対して感じている可能性もそこにあります。

 

なぜなら、そんな日本のスポーツを支えるために作られた3500もある総合型スポーツクラブが、この世のお荷物であるわけがないはずだからです。

 

そもそもの方向性や、大きな力に影響を受けた方々は疲弊しているが、疲弊した方々も絶対に大きな夢や希望を持ってクラブを始めたはずです。

 

そんなクラブにもう一度元気になってもらうために、僕はまず自分の地域沖縄の仲間達と元気になることから始めようと思ったのである。

 

会議を行える組織づくり

まず、僕が一番初めにしたことは、この沖縄の総合型スポーツクラブをまとめる連絡協議会の代表になることです。

 

クラブの代表者達が集まる連絡協議会(当時は沖縄ネットの会)会議で、例年立候補者も特に出ず、影響力のあるクラブの代表者がみんなに押されて代表になるという流れなのだが、そこで若輩者の僕が自ら立候補させて頂いたというわけです。

 

そして、それはかれこれ4年前のことになります。

 

その時も、「私は、この沖縄で全国会議がやりたい!なのでそれを誘致する期間、代表をさせて欲しい!」と述べたのですが。

 

ここで感謝をしなければならないのは、その時まで沖縄にもおらず県外に住んでいた、30そこその奴が、いきなりそんな大口を叩いたにも関わらず、沖縄の先輩方は、「では宮城くんに任せてみよう!」とそれを許してくれたことです。

 

こうして僕は、連絡協議会の代表になったわけです。

 

次にやらなければならなかったことは、県内クラブ同士の連携です。

 

この旧体制の沖縄ネットの会というのは、だいたい年に1回、多くて2回集まり会議を行っていました。

 

毎年会費を1万円集め、その使い方を議論し、どの様に使ったかを報告するという内容だったのですが、このたった1~2回の会議でお金を有効に使えるわけもなく、毎年そのほとんどが繰越される現状でした。

 

急に「全国会議をやりたいから集まってくれ!」とお願いしても、「よっしやろう!」となるとは到底思えなかったわけですね。

 

さらに、ネットの会にはクラブや地域の代表者しか集まらないので、実際に現場で汗を流している若手スタッフさんとの接点は0に等しかった。

 

そこで考えたのが「みんなでまずは県内向けのイベントを開催しよう!」ということでした。

 

ちょうど沖縄県の助成金で、「健康力アップ推進事業」というものがあり、それをうちのクラブ中心に県内11クラブと手をくみ「カラダいいこと体験会」というイベントを開催することにしたわけですが…。

 

沖縄県の総合型スポーツクラブみんなで開催した初めてのイベントにして最大のイベントとなり、県民1600名が参加する大きなイベントとして成功したのです。

 

内容は、各クラブの日頃の活動披露に加え、その場でクラブのプログラムを体験できるものに決定、その結果、各プログラムの講師やスタッフさん達総勢100名がスタッフとなり、おもてなしを行うことになりました。

 

このイベントの効果は、もちろん本来の助成金の目的も達成したのですが、そのイベントに向かう段階で、大勢のスタッフ同士が毎月顔を合わせ、どの様にイベントを成功させるかを考える時間が取れたことでした。

 

時には夜遅くまで話し合い、時にはお酒を飲みながら親睦を深めていった事は懐かしい思い出です。

 

このイベント自体は、2016年に開催したのだが、その準備期間に2017年連絡協議会の九州会議(これは九州8県で毎年順番に開催している)の担当が沖縄県であることがわかりました。

※ちなみにその当時のイベントのレポートを哲郎さんが記事にしてあります。→ コチラ

 

僕は、これは好機だと捉えました。そして…。

2016年 カラダいいこと体験会実施

2017年 九州会議の成功

2018年 全国会議の誘致

という目標を掲げ、みんなで目標を共有しながら頑張ることができたのです。

 

イベントは、大成功に終わりました。誰一人やりきったという思いはなく、次の九州会議、そしてその次の全国会議を見ていました。

 

全国会議の決定

そして2017年3月、全国会議のプラン提案プレゼンを終え、その後開催決定の内定をもらいました。

 

2017年の全国会議は、熊本県で行われたため、2年連続の九州開催は難しいのではと関係者に言われていましたが、僕らの思いが届き、見事沖縄が開催を勝ち取り、熊本の全国会議の壇上で次回開催県として発表され、会議の旗を引き継いだわけです。

 

それから怒涛の日々が続きました。その年(2017年)11月には、沖縄で九州会議を開催し、半年後の2018年5月には全国会議を開催するわけですから。

 

九州会議は、九州のクラブ関係者が集まる会なのだが、私が参加していない前回の沖縄の順番8年前は40名程度の参加だったと聞いています。

 

九州会議も参加者はだんだん減ってきており、鹿児島での開催時は約90名の参加だったそうです。

 

九州内は車移動が可能にも関わらず90名ということは、飛行機移動を伴う沖縄は本当に少人数での開催になるのではと心配されたのですが。

 

しかも、半年後に全国会議が沖縄で開催されるとなれば、どちらか一方だけの参加に踏みとどまる人が出るのではないかと思いもしたわけです。

 

そこで僕は考えました。

「九州中にPRをしに行こう!」と。

 

 

昔は参加してたけど、最近はあまり行ってないんだよね~という人達に僕らの思いを届けようと思ったわけです。

 

まず、このPRをする際に意識していた事があります。それは、明確なこの二つの会議の違い関連性について説明する必要性です。

 

九州会議では、非営利団体の組織化とお金の集め方について学べる事です。

メインのターゲットは、未だクラブが法人化されておらず、さらに財源確保に困っているクラブ。

 

全国会議では、世界のトップクラスのスポーツクラブの経営状況、クラブの資産価値について。メインのターゲットは、クラブをそこそこ経営しているが、時が経ち次の目標や方向性が見えない様な中堅クラブ。

共通しているのは、クラブが稼ぐ!ということです。

二つに会議に参加して頂けたら、これから組織化するクラブは、どの様な方向性や感覚でクラブを作った方が良いのかを考えることができ、中堅クラブはさらにお金を稼ぎクラブの価値を高めるためにはどうしたら良いか?を考えることになると考えたわけです。

 

このことを、九州7県を訪問し説明して回りました。

 

2017年8月初旬、ちょうど台風が沖縄を通過し九州の東側を通ろうとしているとき、福岡空港に降り立ち。

 

台風の反対側のルートを取る様に、佐賀→長崎→熊本→鹿児島→宮崎→大分そして最後に福岡に戻ったわけです。

 

全て、僕の宮崎県都農町にある自家用車で回ったわけですが、約1週間のPRツアーとなりました。笑

 

どの県のクラブやクラブアドバイザー様も、大変よくして頂き、心から歓迎して頂きました。

 

九州の美味しいものを食べながら、一つ一つ説明して回りました。

 

旅をしながらのリクルート。

 

そして、この会議のPRをしながら、九州会議で講師をして頂く人材を探しました。

 

なぜ各県から講師を集めたかったかと言うと、会議の前や後に、その内容に対して相談できる各県の窓口を作りたかったからです。

 

その結果、福岡、熊本、宮崎、大分、とエリアごとに中心人物5名を選び、その方々に直接講師をお願いしました。

 

そんなことをしながら大分を訪問した時に、素晴らしい出会いがありました。それは、後に全国会議で講師をして頂くNスポーツクラブの森さんとの出会いです。

聞くと、もともと学校の先生をしていた森さんは、総合型スポーツクラブとの出会いで一念発起。

 

公務員という安定を捨て、さらにその退職金をもクラブに注ぎ込み、自らクラブハウスを作ったのです。

 

さらに驚くべきことは、ただ自分のお金をクラブに入れるのではなく、しっかりと財産を整理するため、貸金業法を学び、クラブにお金を貸せる組合まで立ち上げたのです。

 

そうすることで、当初必要なクラブのお金を工面しながらも、後に売り上げからしっかりと自分のお金を戻してもらうことができるということなのだ。

 

もう、この話を聞いただけで一発で僕は彼のファンになりました。こんなところでここまで行動できる人がいることが驚きだった。

 

すぐにその場で森さんに全国会議の講師を依頼し、きてもらうことになりました。この訪問の効果もあって、九州会議には120名あまりの方にご参加頂きました。

 

ちなみに、このあたりから、本当に本業の方も忙しくなり、僕自身ほとんど沖縄におらず・・・。

 

そんな状況の中、県内の連絡協議会の仲間たちがほとんど、この会議の準備と運営をしてくれて、本当に僕は当日参加するだけという状態にまでしてくれました。

頭が下がるばかりです。。。

 

旧体制への決別

そうそう、この少し前に、上記の旧沖縄ネットの会という名称を変えて、沖縄県総合型スポーツクラブ連絡協議会という名前に変更しました。

 

これは旧体制への明確な決別であった。

 

この九州会議やカラダいいこと体験会を行う中で、みんな最低一月に1回は顔を合わせ、会議や打ち合わせ、何もなくてもランチやお茶をする様な関係になっていました。

 

その中で、今までの組織のあり方や運営方法に疑問を各自が抱いていたことがわかりました。

 

そこで、名称も全国の皆さんや業界関係者からもわかりやすい名称に変更しようとなったのです。

 

今までの形だけの会でなはなく、事業を行い交流を深める組織への転換が求められていたのです。これは個人的に本当に嬉しい声でした。

 

県内クラブの皆さんが、実際に汗を流し交流することで、地方自治・クラブ間自治を考え直す機会になっただけかも知れませんが、それだけでも本当に大きな効果だったわけです。

 

全国スポーツクラブ会議の講師選定の理由

 

さて、話を戻します。

 

全国会議のプログラム内容を考える時に一番はじめに考えたテーマ、それが稼ぐ”事です。

 

先ほど幽霊クラブの話をしましたが、最初から助成金だよりで、予算があるから作ったという様なクラブは、助成金が終わればその活動を終えてしまう。

 

運良く、次のお金の工面ができたとしても、「消費を行うだけのクラブ活動が今後永久に続くことは絶対にあり得ない。」

 

そう判断した僕は、消費から稼ぐそして投資するという流れに導きたかったわけです。そんなテーマの中で絶対に外せない講師の存在がいました。

 

そして、実は、この会議を誘致する前に、何よりも先にお願いに行った方がいるのです。

 

それが今回講師を務めて頂いた中村武彦氏です。

彼は、アメリカの大学院時代に論文で企画したパンパシフィックチャンピオンシップをアメリカのメジャーリーグサッカー国際部時代に仕掛け、それらの功績からFCバルセロナにヘッドハンティングされた言わばホンモノ。

 

また日本でも二人しかいない、FIFA公認マッチエージェントの資格を有し、現在世界でもっとも急成長しているリーグのMLSを支えている方です。

 

彼の素晴らしい経歴は是非みなさんネットでも調べて欲しいのだが、そんな彼に講師を依頼したかったのは、日本の地方の1スポーツクラブの経営者でも、世界トップクラスのスポーツビジネスに触れて欲しかったし、自らのクラブに投資するそして稼ぐという概念に触れて欲しかったからです。

 

よく耳にする、「私たちはボランティアだから!」とか「地域の活動で稼ぐというのは違う!」などという台詞がありますが。

 

でも、その地域活動には行政からお金が出ていたり、実際に助成金を出している大元がいるという事実を知らなくてはいけません。

 

また、ボランティアだろうとなんだろうと、本来なら、その仕事についたなら責任が伴うものです。

 

働くスタッフにも責任を持ってもらいたいし、自分たちの活動費くらい自分達で稼いで欲しいと思ったわけです。

 

何も稼いで代表者の私腹を肥やすとか、スタッフに良いボーナスを上げろなんて言っているわけではありません。

 

稼いだお金は再投資すれば良いだけです。

 

クラブが今後末長く続いていくために、今の内にしっかりとした基盤整備に投資するという視点を持つ事が重要なのです。

 

「いやいやウチは・・・」なんて言うクラブもいますが、そういった言い訳ばかりの甘いクラブが潰れたりするから、総合型スポーツクラブ界全体のイメージダウンに繋がると言うことも理解して欲しいものです。

 

厳しいようですが、今の全国的に疲弊したクラブの状況は、これら経営に対して甘い考えの代表者が多いことが原因です。

 

中村氏の話を聞くことで、クラブの財産とは一体何か?

投資とはどう言うことなのか?

 

自分達のクラブを見つめ直すきっかけになって欲しいと思うのです。

 

そして九州ツアーがきっかけで講師を依頼した森さんの様に、人生をかけて楽しんでい経営を行っている人に触れることで、私でも小さな町でも誰でも気持ちの持ち方でやれるんだと言うことをわかって欲しかったのです。

 

クラブの「価値」とは?

まずは、森さんがどうやってクラブハウスを持つことになったのか?と言うお話を聞かせてくれました。

4000人という小さな町、そして農振地域(農業しかやってはいけないと国が定めた土地)をひっくり返したこと、貸金組合を作ったこと、そして次の夢についてもお話頂いたわけです。

 

そして十分に時間をとったのが、中村氏の講演です。

 

MLSクラブが、毎年何億円もの赤字を出しているにも関わらず資産価値が高騰していること、またこのクラブの資産価値という概念についてもお話頂いたのですが。

 

プロサッカークラブの話の中で言われたのが、保証できるものを売るという考え方です。

 

サッカーチームでも野球チームでも、ましてや地域の総合型クラブでも、「明日の試合は必ず勝つのでチケット買ってください!」うちの教室に通わせたら必ず日本代表にさせますよ!」なんて保証できないことを売ってしまったらただの詐欺ですよね?

 

そうではなく、結果ではなくちゃんと実際に提供できるものを適正な価格で販売することの大切さを学びました。

 

例えば、日本代表にさせるということではなく、正しい走り方のフォームを教える14時から16時の間お子さんを安全に見守るなどがそれにあたるのですが、またそれを担保するための保険の加入の価値なども教えられた。

 

プロサッカークラブなんかだと、有名選手を高額なお金で連れてきても、必ず優勝できるわけではありません。

 

その代わりスタジアムやクラブハウスという物に、お金をかければ何十年と活動する場所が確保できる。

 

またこの資産を使いお金を稼げるし、この資産があるからクラブの価値も上がるということも学びました。

 

1日目はこのお二人の講演でとりあえず終了し、情報交換会へに…。

 

地域の現状や歴史を楽しんでもらう会

この情報交換会というのは、所謂飲み会である。

1年に一回、全国の仲間達と日々の活動の情報を交換しながらお酒を飲むというものですが。

 

毎年ホテルの宴会場などで盛大に行われる物を、今回の沖縄での全国会議では、シャッター街と化した商店街の通りを封鎖して、ビアガーデンの様な雰囲気で行いました。

 

毎年多くの観光客が訪れる沖縄の華やかなイメージとは違い、薄暗く・トイレも不便で・米軍基地の兵隊さんが周りをウヨウヨ歩くエキゾチックな空間。

 

そういうと聞こえはいいが、実際の参加者のみなさんはどう感じたのだろうか?

 

少なくても、普段見れない沖縄の顔に触れられたことは間違いないでしょう。そういった全国各地の歴史文化に触れるのも、この全国大会の楽しだと思います。

 

沖縄のエイサーから始まり、最後はカチャーシー(手をかき混ぜる様な踊り)と、沖縄のディープな夜をご紹介できたと思う。

 

また、この日は沖縄コザの情報発信TVの収録も同時に行っていただき、商店街のこんな活用法もご提案できたと思います。

 

「業界に未来はあるのか?」暗い質問から始まった2日目

1日目の、森さん中村氏の話を受け、2日目はスポーツビジネスも総合型地域スポーツクラブもよく知る宮城哲郎氏をコーディネーターとしてお迎えして、参加者からの質問に森さん中村氏にもバンバン答えてもらいながら進めることとした。※哲郎さんについては説明はいりませんよね?笑

 

また、まだこれからスポーツクラブを立ち上げる、法人化組織化を測るというクラブさんには、別講座として福岡NPOセンターの古賀先生に、非営利組織の組織化法人化について本当に詳しく教えて頂く場を設けさせて頂きました。

 

さて、メイン会場では1日目の話を受け、参加者から質問が多く飛び出しました。

 

しかし、本当にどの質問も暗い内容ばかりで…。

 

「自分達でもできるのか?」

「総合型スポーツクラブにそれが当てはまるのか?」

「総合型スポーツクラブを支援してもらえない…。」

などなど、ご自身で状況を打開できなかった皆さんからの白旗とも取れる質問が飛びました。

 

その質問一つ一つを宮城哲郎氏が、噛み砕いて講師にお聞きして、そしてその回答をわかりやすく例を交えながらお答えしていた。

 

そう、まさに、このスポーツビジネスの翻訳者がこの業界には必要なのだと感じました。

 

参加者の皆さんは、まるで誰も歩いたことのない茨の道を歩いている様な気持ちになっているかもしれないが、実はそんなことはなく、スポーツだろうとなんだろうとビジネスはビジネス”。

 

これらをスポーツの現場においてはこういうことであると翻訳してくれる人がなかなかいないのが現状です。

 

これほどに、ビジネス書もコンサルタントと呼ばれる人も世の中に溢れているのにも関わらず、スポーツとつくだけで、宇宙の謎の様に誰も予想できない話に捉えてしまう。

 

これに味をしめた参加者は、当初質問もまばらであったが、時間が経過するに連れ、どんどんあれもこれもと質問を投げかける様になっていました。

 

また、その質問者達からは、その後、笑顔や確信した表情を見ることができました。

 

会議の総評でも話をさせて頂きましたが、中村氏の話にあった投資保証できるものこの二つをしっかりと理解して頂いたらこの会議は成功であったと思います。

 

まず、誰でもすぐに投資できるものは時間です。

そして保証できるものとして、自分の志でしょう。

 

あなた自身が、できると強く信じて、自分やります!そして、やり遂げるために時間を費やしますと約束すれば、必ずことは動くはず。

 

そしてあなたのその志の強さによって、お金が生まれるのです。

 

また、そのお金は、あなたやクラブにとどめるのではなく、再投資することで更に成長します。

 

そうやってクラブの価値を高めていくわけですね。

 

長い時間、講師やコーディネーターの皆様本当にありがとうございました。そして参加者の皆様も本当にお疲れ様でした。

 

ということで、無事に全国会議を終了したわけです。

 

・・・と言っても、実は会計処理などまだまだこれからやることはいっぱいあるのだが。。。

 

全国会議を終えてみて

この約4年間にも及ぶ計画が全て終わった。本当にこの間沖縄県内の総合型クラブの仲間たちにはお世話になりました。

 

感謝しても仕切れないくらい感謝しています。本当にありがとうございました。

 

僕は、2013年に岐阜県から沖縄に戻り、そして久しぶりに参加した全国会議で、これを沖縄に誘致しようと決めました。

 

そして長い計画ではあったが無事にやり遂げることができました。

 

僕自身は、この会議を持って総合型地域スポーツクラブの現場から離れることを決めました。

 

もちろん、総合型スポーツクラブの可能性は感じているし、今後も活用させて頂きますが、僕は次のリーダーが出てくるためにも、自分は一つの目標を達成したら、潔く身を引いた方が良いと思っているからです。

 

今後は、これまでの経験を活かして、どこかで困っているクラブのフォローができる様な立場を目指して頑張って行こうと思います。

 

ぜひ、お気軽にご相談ください。

 

本当に長きにわたりお世話になりました。

また必ずどこかでお会いしましょう!